本質的に科学と自由意志は対立する。科学は「なぜ」という問いに対して回答しようとするが、意志についての科学的説明が一定の因果律を与えてしまえば、自由意志は否定せざるを得なくなる。 科学的原理によって自由意志の問題に回答しようという努力およびそのような主張の原動力は、いかにしても自由意志の否定によって発生する道徳の崩壊を免れよう、というテレオロジー(目的論)によるところが大きく、かなり無理がある。
一般的に、「意志は脳の働き」であり、かつ、「脳が物理法則に従う」ならば自由意志はないと考えるのが適当である。逆に自由意志があるのであれば、これらの一方か、両方が否定されなければならない。 初期の科学思想家のうち、ある者は決定論的なものとして宇宙を描き、またある者は完全に正確に未来の出来事を予言するには、充分な情報を集めさえすればいいと考えた。しかし、量子力学は、そのような情報はどのようにしても完全には求められないことを明らかにした。また、量子力学の解釈(観測問題)では、この世界は現実には非決定的であるとする解釈が標準的である(コペンハーゲン解釈)。これにより、量子力学に自由意志を見いだす考えもあるが、否定する見解もある。(「サイコロ」を振って意思決定をするようなものであり、非決定論といっても、自由意思の外部のものに支配されていることは変わらないから) コペンハーゲン解釈に対する多世界解釈は決定論的だが、別の難問を生じる。
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物理学者と同様に、生物学者もまた自由意志の問題を頻繁に提起してきた。
生物学の最も白熱した議論の一つが「氏と育ち」(nature and nurture, 本性と教育)の議論である。